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野田首相に面会する [Novel]

反原連との面談に引き続き、野田首相が官邸前抗議活動に参加している一般市民から抽選で1名と話し合う意向だというニュースを聞き、私も迷わずネットで応募したが、まさか5万倍の倍率をかいくぐって私に白羽の矢が立とうとは、最初は夢ではないかと疑った。
反原連との面談にもかかわらず、金曜日の抗議行動がいっこうに収まる気配を見せないことに苛立ちを覚えた野田首相が、活動家より与しやすい一般市民を、それも1名だけ選んで手玉に取り、「国民との対話」を演出して脱原発の包囲網を脱出し、逆に国民の支持を回復したいという狙いは明らかだった。だったら、「再稼働反対」とか、「人事案撤回」といったありきたりの主張を繰り返すだけでは敵の思うつぼ。ここはグーの音も出ないほど相手をやり込める作戦を考えないといけない。
ジーパンに「No Nukes」の大きなお日様マークの入った黄色いTシャツ姿の私が、官邸に入って通されたのは、首相の執務室。10畳ほどの部屋に超高級な机やソファが配置されている。取材陣はカメラが3台、記者も数名で、ソファに腰掛けた私は、すぐに不思議なほど落ち着きを取り戻した。
間をおかずせわしげに現れた野田首相の姿を目撃して、私は席を立って彼を迎えた。数歩送れて菅前首相も現れた。
「北野と申します。今日はお招きいただきありがとうございます。」
「どうぞお掛けください。」
野田首相が一人掛けのソファにゆったり腰を下ろし、菅氏が私の隣に腰掛ける格好になった。
こうして世紀の対面が始まった。
imageCAT0W0D3.jpg「総理。今日は時間も限られていますし、対談を実のあるものにするために、私の方からいくつか質問させていただきますので、総理はそれに簡潔にお答え願えるでしょうか?」
「分かりました。どうぞ。」
「まず最初に、ひとつ約束していただきたいことがあります。それは、国民との対話を今日限りで終わらせることなく、次回はぜひとも、大変な状況の中で暮らしている福島の人たち、とくにお母さんや子どもたちとお会いいただき、彼らの訴えに耳を傾けていただきたいのです。」
「北野さんはご存じかどうか知りませんが、私は就任以来、4回も福島現地を訪ね、県民の方々の多くの声を聞いてきています。もちろん、これからも必要に応じて、福島を何度でも訪ねるつもりです。」
「私が申し上げたいのは、現地訪問でセットされた場面での県民との対話ではなく、3.11以降、困難な状況を強いられる中で、少なからぬ県民が、やむにやまれぬ気持ちで、自らの生活、そして子どもたちの命と健康を守るために、様々な組織をつくって活動してきている。そうした団体の人々も、この官邸に招いて声を聞くべきだということです。」
「検討させていただきましょう。」
「では、次の質問です。総理は『自らの責任で』大飯原発3・4号機を再稼働させました。総理は『自らの責任』とか『命をかけて』という言葉がお好きなようですが、それほど使命感の強い総理にあえてお聞きします。現在、福島県内の放射線量の高い地域での生活を強いられている人々、とりわけ小さな子どもたちが、数年後に甲状腺がんをはじめとした健康障害が生じたら、総理はどう責任をとられるのでしょうか? もしかしたら、いや、失礼ですがたぶん、その時あなたはもう首相じゃないかもしれませんが、だからといってその責任から逃れることはできないと思うのですが。首相在任中に、子どもたちの避難とか、法的な救済策をとるとか、何か考えがおありですか?」
noda.jpg「福島県民の方々の健康管理につきましては、福島県の佐藤知事とも緊密に連係し、また、文科省、厚労省等関係省庁にも指示を出して、これまでも万全の態勢をもって臨んできているところです。また、去る6月には『原発子ども・被災者支援法』も成立しました。ですから私は、北野さんが心配されるような健康被害が発生することはないと確信しています。」
「でも、不幸にして健康被害が生じてしまったら……。」
「もちろん、原発事故由来の放射能との因果関係が立証されれば、国としても最大限の保障をしていきます。それは、私が首相を辞めた後で、どなたが総理になられても、同じことだと思います。」
「では次にいきましょう。総理は昨年12月16日、福島第一原発の事故は『冷温停止状態』になったとして、収束宣言を出されました。現実にはメルトダウンした原子炉に『冷温停止』はありえないし、4号機の燃料棒プール崩壊の危険性等、現地の状況を把握すれば、とても収束したなどと言えないことは、総理ご自身も十分ご承知のことかと思います。また、いまだに原発事故による避難者が県内外に16万人も存在する。非常事態は続いているのです。
にもかかわらず、総理があえて収束宣言を発したのは、私には、総理が福島の事故を当初から軽視している、日本を揺るがすような事態とは見なしていない、だから、さっさとけりをつけて、停止中の原発もどんどん再稼働して、3.11なんかなかったかのように、元の状態に復したい。そして、自分がそれよりも大事だと考える消費増税の問題等に専念したいという意図が透けて見えるのですが……」
「そんなことはありませんよ。私も福島の事故の深刻さは十分に認識しています。ですから、福島の復興のために、除染にも多額の費用を投じ、一刻も早く、県民の方々が元の生活に復せるように全力を尽くしているのです。ただ、私は一国の総理としての立場から、大所高所から様々な問題に対処していかなければならない。原発の問題だけ、というわけにはいかないのです。とりわけ日本の財政問題は待ったなしです。社会保障と税の一体改革は、私が命を賭してでも成し遂げなければならない最重要課題です。また、最近相次いで持ち上がったわが国固有の領土である竹島、尖閣諸島をめぐる外交問題も、厳正に対処していかなければなりません。」
「たしかに総理大臣たるもの、国が直面するあらゆる問題に適切に対処していかなければならないでしょう。でも、さきほどから申し上げているように、3.11は8.15にも匹敵する、日本にとって国家の存亡をかけた一大事で、いまだ事態は収束していないのです。『国内難民』ともいえる人々がいまだ16万人もいます。さらにその何倍もの人々が、日々放射線の恐怖の中で暮らしています。また、日本中の人々が、食品等による内部被曝の不安の中で日常生活を送っているのです。
そして、万一、フクイチで再び不測の事態が起こったり、地震等によって他の原発で大事故が起きれば、今度こそ日本は終わりです。その後でもう原発をやめようと言っても、恐らく手遅れでしょう。今の日本はそれほどまでに危機的状況に陥っているのですよ。税金がどうの、小さな島がどうののレベルの問題ではない。人口2百万、面積1万4千平方キロメートルほどの幸福の島が、今不幸のどん底にあり、沈みいこうとしているのですよ。恐らく、かなりの日本人が多かれ少なかれ、私のような危機意識を共有していると思います。しかし、総理。あなたにはそうした危機意識のひとかけらも感じられない。
いまや、脱原発は多くの国民の悲願でもあります。それはあたかも、広島・長崎の犠牲によって迎えた敗戦後に、多くの国民が核のない平和な日本と世界を祈願したのにも似ています。
ところがあなたは、菅前首相が打ち出した『脱原発依存』を口先だけで唱えつつ、実際には経済界の言いなりに原発を再稼働し、東電も実質国有化し、国民の税金を投入して救済しようとしている。そんなあなたのやり方に、今まで物言わぬ従順な国民だった多くの市民が起ち上がって、デモに参加し、首相官邸や国会を包囲しているのです。こんなことは、この半世紀、この国でなかったことですよ。みんなこのままでは日本がどうなってしまうのかと、いてもたってもいられない気持ちでいるのです。
だがあなたは、原発は収束した、電気が足りないから再稼働だ、私が責任を持つと、逆の方向へ軽いノリで突き進んでいる。実際あなたは、原発とか原子力自体に、さして興味がないとしか、私には思えないのです。試しに、いくつか簡単な質問をしますので、お答えいただけますか?」
「いいですよ。」
「ではまず、よく聞かれる言葉かと思いますが、プルトニウムについて知っていることをお答えください。」
「プルトニウム? 原発で発電すると出てくる放射性物質でしょう。それを再利用して、わが国は高速増殖炉での発電をめざしている。」
「それだけですか? ちなみに菅さんに、同じ質問をしたいと思います。」
「簡単に言えば、原子炉の中でウラン238が中性子を捕獲して、結果的にプルトニウム239ができるということですね。プルトニウムは自然界にはほとんど存在しない毒性の強い物質で、プルトニウム239の場合、半減期は2万4千年と言われています。」
「菅さんはもともと理系の方だから……。」
「いいでしょう。では野田さん、自然由来放射性物質と人工的につくり出された放射性物質が、人体に与える影響の違いは?」
「基本的に同じじゃないですか? 私はこれまでに数え切れないほど飛行機に乗りましたが、その際にもかなりの宇宙放射線を浴びるそうじゃありませんか。でも私は、この通りピンピンしている。」
「それは、外部被曝の場合でしょう。では、内部被曝にはどういう違いがありますか?」
「それは……。」
「菅さんならお分かりでしょう。」
「まあ、私も多少のことなら……。つまり、自然放射線は人類が太古の昔から慣れ親しんで、耐性を獲得してきたが、人工的な放射線はそうではないので、体内に入ったとき、特定部位に集まってDNAを破壊する、とか。」
「だから、菅さんは理系の方だからと……」
「私も野田さんと同じ文系の人間です。3.11までは、こうしたことには、おそらく野田さん以上に答えられなかったでしょう。でも、3.11後、必死に勉強して、少しは知識を身につけました。自分や、自分の愛する家族を守るため。そして、日本の未来を担う子どもたちを救いたいがために……。私だけではありません。とりわけ、福島の小さな子を持つお母さん、お父さん方は、わが子を守りたいという必死の思いから、猛烈に勉強して、そこから真実と思われる結論を引き出して、自分が正しいと思うことを信念にまで高め、時には家族と衝突し、周囲からは村八分同然の仕打ちを受けてまで、子どもを守るために行動を起こしているのです。国も自治体も、誰も彼らを守ってくれないからです。
 菅さんだって、同じだと思いますよ。理系と言っても、菅さんは原子力の専門家じゃない。」
「ええ、私も3.11までは、お恥ずかしながら、原発や原子力の知識はあまりありませんでした。ところが、昨年の5月頃、福島がようやく危機的状態を脱して一息ついた時に、飯田哲也さんや孫正義さんが、いっしょに原発や自然エネルギーについて勉強しましょうと言ってきて、それで一度みなさんに集まってもらって勉強会みたいなものを開きました。それから、遅まきながら私もいろいろ勉強しました。私が原子力発電をやめなければならないと確信するようになったのは、それからですね。」
「お聞きになりましたか。菅さんは、浜岡原発を停止した後、原発や自然エネルギーについて勉強して、脱原発依存を唱えるようになったそうです。ところが、その跡を継いだ野田さんは、脱原発依存を唱えながらも、実際にやったことと言えば、電力需給からは必要性のない、しかも活断層が存在する可能性さえある大飯原発の拙速な再稼働であり、原子力行政に対して独立性を持ってチェックするはずの原子力規制委員会に、委員長はじめ3名も原子力ムラの人間を送り込もうとすることでした。
 そして、そもそもあなたは、福島の事態を全く深刻に捉えていない。いまだ世界中から注視されていることさえ見ようとせず、いや、大変な被曝の中で過酷な労働を強いられているフクイチの労働者は言うに及ばず、生活も何もかも奪われた福島県民の苦悩への想像力のひとかけらもないのでしょう。だから、原発や原子力について正しい知識を得よう、勉強しようという意欲も湧かないのでしょう。正しく知ることなくして、正しい判断はできません。現実を真正面から見ようとせずには、何ら正しい政策は打ち出せません。だからあなたは、電力業界や経済界、経産省の官僚たちの言うままに、国民の意識から遠く外れた政策しか提示することができないのです。」
「北野さん、それはあまりにも一方的な決めつけではありませんか? そんなでは、これ以上話をする意味がない。失敬する!」
「待ちなさい。逃げるのですか。だったら、こそこそ裏口から逃げないで、正面玄関から堂々と外に出てご覧なさい。何万もの人々が、今この時も『再稼働反対』『原発いらない』と怒りの声を上げていますよ。あなたが政治家としての信念に基づいて行動しているのなら、彼らの中に入って行って、彼らの声に真摯に耳を傾け、堂々とご自身の見解を述べたらいかがですか。」
「失礼なやつだ。無礼きわまりない。やつをつまみ出せ。逮捕させろ!
こら、逃げるな、野田! 恥を知れ!
恥を知れ! 恥を知れ!――私は自身の叫び声に驚いて目を覚ました。
部屋の小窓からは、微かに朝の光が差し始めていた。枕元の時計を見ると、ちょうど4時半だった。暑い夏の夜の夢だった。

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