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小説・再稼働(1) [Novel]

この物語はフィクションであり、実在するいかなる国家、団体、個人とも一切関係ありません。

20XX年9月11日、日本民主主義人民共和国を襲ったマグニチュード9.0の大地震と大津波によりメルトダウンを起こした厄島(やくしま)原子力発電所事故は、三倉地*総統の「事故収束宣言」とは裏腹に、事故後1年以上たった今でも依然危険な状態が続き、爆発した4基の原子炉の残骸からは放射性物質が大気中・地中・海中へと四方八方排出され続けている。
事故後、この国の発電量の3割近くを占めていた原子力発電は、定期点検により相次いで稼働を停止し、11月6日にはついに最後の1基が定期点検に入り、半世紀ぶりにこの国から“原子の火”が消えた。事故前、「原子力は安全」「原子力はクリーンなエネルギー」という洗脳教育を受けてきた国民も、事故により「安全神話」が崩壊し、「脱原発」の方向へ大きく動いていった。そうしたことに焦りを覚えた共和国電力供給公社と産業経済省官僚は、「冬の電力不足」キャンペーンを大々的に展開し、事故直後に実際に発動した「計画停電」をちらつかせて経済界を震え上がらせたうえで、三倉地総統をして宿内(すくない)原発3、4号機の再稼働を宣言させようとしていた。
*三倉地(みくらじ)はハングル表記すると미꾸라지すなわちドジョウを意味する。




11月30日、師走を目前に控え、宿内原発再稼働をめぐる動きが急だった。1月、2月の冬の電力消費量のピークに間に合わせるためには、ここ一両日中に総統の最終的なゴーサインが必要であった。ピーク時に1基も原発が動いていなければ、高緯度に位置するこの国では、1年を通して原発なしでも電力が間に合うことを証明することになってしまうので、脱原発の国民世論を勢いづかせるだけでなく、下手をすれば原発再稼働の機会を永遠に失うことにもなりかねなかった。そのため三倉地総統は、もともと原発マネーで手なずけられていた地元宿内町長や厄井(やくい)県知事と形だけの会談を相次いでもち、明日にも再稼働正式決定を下すという観測が流れていた。すでに数日前、三倉地総統は会見を開き、「国民の生活を守るために再稼働は必要です。私がすべての責任を負います。」と大見得を切っていた。
午前9時50分、宿内原発正門を、東日の「TONICHI」というロゴが大書された1台の大型コンテナトラックが静かに入構していった。運転手は守衛と顔見知りなのか、座席から開け放たれた窓越しにカードを提示しながら、笑顔でなにやら二言三言言葉を交わし、コンテナの扉を開けて中を改められることもなく、フリーパス状態で関門を通過した。
トラックはそのまま、加圧水型のドーム状をした原子炉の立ち並ぶ構内のいちばん奥を目指してゆっくり進み、3号機の前まで来て停止した。あたりに人影はほとんど見られなかったが、予定された来車だったのか、トラックが停止するとほぼ同時に、建屋の扉が音もなく開かれた。



黒いつなぎに黒いつば付き帽子を被った運転手と助手は、座席から外に出ると小走りでトラックの後ろに回り込み、慣れた手つきで扉を素早く開け放った。すると、まるでクモの子を散らしたように、運転手らと同じスタイルで黒の覆面をした百名は下らない人影が一斉に路上に降り立ち、訓練された軍人たちのように一糸乱れぬ動作で積み荷を降ろし始めた。その間に、十名ほどの別働隊が全速力で建屋内に走り込んでいった。よく見ると、彼らの手には一様に銃らしきものが握られていた。
1つ1メートル四方はあろう木製の重たそうな積み荷を50個ほど降ろし終えた本隊の人員は、休む間もなく積み荷をバケツリレー式に建屋内に運び始めた。そして、すべての荷物が建物内に運び込まれると、建屋の扉がゆっくりと閉じられた。トラックが到着してからものの5分も経たない出来事だった。
建屋内ではすでに数名の警備員たちが別働隊の武装集団によって制圧されていた。そして、ようやく館内にけたたましい非常ベルが鳴り響く頃には、本隊・別働隊の全員が、ボックスから取り出されたものを身にまとったうえ、本隊は一斗缶ほどの“装置”を建物中にくまなく配置していった。その間に、別働隊10名は迷わず中央制御室に向かい、居合わせた職員らを無抵抗なまま拘束して制御室を占拠した。
しばらくして、宿内発電所の古田所長が2名のコマンドに脇を抱えられてやってきた。古田所長はリーダーとおぼしき人物に、総統官邸とホットラインをつなぐよう命令された。拘束を解かれた所長は、部下にあれこれ指示し、20分後には制御室の一角に設置されたテレビ電話システムの画面に三倉地総統の緊張した顔が映し出された。
やがてゲバラひげたくわえた40がらみのリーダーがおもむろに口を開いた。
「われわれは国際テロ組織“アジアの赤い虎”だ。われわれは午前10時、武装部隊百余名で、宿内原発3号機を占拠し、宿内原発全体は今われられの制圧下にある。総統もご覧の通り、われわれは全員、自爆用のダイナマイトを装着し、起爆装置を手にしている。さらに、強力爆弾を3号機建屋の百ヵ所以上に配置した。また、制御室に残っている10余名の職員の分を含め、1ヵ月以上の食料も建屋内に運び込んである。よって、われわれは、機動警察隊はおろか、自衛軍によっても制圧することはできない。」
「総統の三倉地だ。君は何者だ。まず名乗るのが礼儀だろう。」三倉地総統の気色ばんだ声が画面の向こうから響いた。
「われわれは先ほども言ったように、国際テロ組織“アジアの赤い虎”だ。」
「それは分かった。私が聞いているのは君の名だ。」
「それは答える必要がない。“アジアの赤い虎”は全員が思いをひとつにしている。私の意志は全員の意志だ。」
「よかろう。答えたくなければ答えなくとも。で、君たちの要求は何なんだ。」少し落ち着きを取り戻した三倉地総統が低い声で尋ねた。
「われわれの要求はふたつだ。その1、宿内原発3、4号機を再稼働させるな。そのことを、テレビを通して全国民の前に発表せよ。
その2、宿内原発3、4号機をどうしても再稼働させたいならば、10億米ドルをスイスのわれわれの口座に振り込め。
もしわれわれの要求を無視して一方的に再稼働を発表した場合、われわれは即時自爆テロを敢行する。
それから、付帯的要求事項として、このホットラインを通じて、本日正午から1時間、テレビ局各社にわれわれの生の声と映像を放送させること。
以上。
考えるまでもなく、あんたらが姑息な手段を用いてわれわれに奇襲攻撃を仕掛けようものならば、間違いなくわれわれは捕捉される前に自爆テロを敢行するだろうから、それによってもたらされるすべての結果に対して、日本政府と三倉地総統は責任を負わなければならない。」こうきっぱりと言った後、リーダーは自ら総統官邸とのホットラインを切断した。
(続く)
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