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小説・再稼働(2) [Novel]



正午になった瞬間、全国すべてのテレビのチャンネルは、何の前触れもなく、黒い帽子、サングラス、黒い覆面で顔を覆った黒服姿の男を映し出した。椅子に深々と腰掛けた男の背後には、ライフル銃を持った彼と同じスタイルの“兵士”2人が立っている。間を置かず口を開いた男は、先ほど三倉地総統にしたのとほぼ同じ内容の話を淡々とした口調で述べた。男の話は簡潔で、革命家によくありがちな饒舌さはみじんもなく、決起の大義や正当性を述べるでもなかった。代わりに、事前に用意してあったフリップを用いて、宿内原発3号炉建屋の見取り図を示し、彼らが仕掛けた百発の爆弾のうち1つでも爆発すれば建屋は吹き飛び、さらに10発を同時に爆破させれば圧力容器も損傷させる威力があること、そしてそれによって大気中に漏れ出す放射性物質の拡散予想図等々を示しながら、話は専門的分野に及びつつもきわめて具体的で、テレビに釘付けになった全国民は、わずか1年あまり前の厄島事故の悪夢が蘇り、みな一様に体を凍りつかせた。
こうして、あらかじめプログラムされていたかのように1時間ぴったりで過不足なく宿内原発からの生中継が終わると、その後各局の放送は、数日にわたりこの事件に関する様々な特別番組で昼夜埋め尽くされることになった。
厄島原発事故でも政府の危機管理能力のなさが改めて露呈されたが、三倉地政権も事故から何の教訓も得ていなかったようで、事件発生から10時間が経過した午後8時になっても、総統はおろか官房長官の記者会見も開かれなかった。“アジアの赤い虎”の要求をめぐり、どうやら閣内は収拾がつかないほど混乱している模様だった。
一方、マスコミの論調は、それまで再稼働を支持していた右派メディアは「テロリストの暴力に屈してはならない」と強硬論を展開した半面、脱原発指向であったメディアは自爆テロを強行された場合の放射能の危険性を強調し、この際、犯人の要求の有無にかかわらず再稼働中止を宣言すべきだと主張した。このようにマスコミの論調は真っ二つに分かれたが、奇しくも両者に共通するのは、厄島事故後、一部で指摘されていたこの国の原発テロに対する備えのなさへの批判であり、もうひとつは“アジアの赤い虎”の要求のひとつである再稼働と引き替えの10億ドル支払いへの言及がほとんど見られないことであった。
さらに、タブロイド判夕刊紙やスポーツ新聞は、これまで一度も聞いたことのない“アジアの赤い虎”というテロ組織へもっぱら関心が向けられた。ある新聞は既存の国際テロ組織と関係があるだろうと論じ、他の新聞はこれまで非暴力に徹してきた脱原発運動に不満を抱く一部過激分子が組織した純粋の国内組織だと断じたかと思えば、テレビで1時間の堂々たる犯行宣言を行ったリーダーは、脱原発に転じようとして職を追われた前総統の甥に違いないという珍説まで飛び出す始末だった。



午後1時に招集された緊急閣議では、三倉地総統自身、事件への具体的対処策が何一つ提示することができない状態で、各大臣から意見が百出して収拾がつかず、かろうじて決まったことといえば、総統、官房長官、国家公安委員長、電力供給公社総裁、国防・産経・財務・外務の各省大臣と事務次官から構成される「宿内原発テロ事件中央対策本部」の設置くらいであった。
以降、“アジアの赤い虎”との交渉窓口は、実質的にこの「中央対策本部」が担うこととなった。しかしここでも、事件への対応をめぐり、侃々諤々の議論が繰り広げられることとなる。
電力供給公社総裁は、とにかく再稼働は既定の事実だからそれを曲げられては困る、テロリストの要求通り10億ドルを払うなり、警察庁のテロ対策特殊部隊や国防軍を投入して鎮圧するなり、早急に事態を収拾して再稼働に向けた態勢を整えてほしいと訴えた。すると、国家公安委員長は口角泡を飛ばして、「原発は安全で絶対事故も起きなければテロリストが侵入する可能性もない」と無策を決め込んできたうえ、昨年の厄島事故後も何ら緊急対策を講じなかった電力公社をひとしきり非難した後、テロ対策特殊部隊は国家機関や空港などの公共施設でのテロ行為に対する訓練は積んでいても、原発を対象とした訓練は全く行っていないのでお手上げ状態だと述べた。国防省長官も同じだと言って両手を挙げた。
「それでは、同盟国のテロ専門鎮圧部隊の応援を求めてみたらいかがでしょう。」厚顔無恥とはこのことをいうのか、悪びれるそぶりもなく、電力供給公社総裁が平然と言ってのけた。公安委員長と国防大臣が同時に口を開きかけたが、二人とも呆れたといった様子で、そのまま言葉を飲み込んだ。
すかさず機転を利かせた産経省事務次官が口を挟み、ここはテロリストの要求通り10億ドルをスイスの口座に振り込むのが現実的な対応策ではないかと提案した。すると、今度は外務大臣が激怒し、そんなことをしたら同盟国をはじめ国際社会の理解が得られない、テロリストの要求を呑むことはあり得ないと突っぱねた。財務大臣も、海外から笑いものにされるだけでなく、10億ドルもの国費を支出することは、そのまま国民の税負担になるので、国民から反発を招くと同調した。
すると、妙案が浮かんだのか産経大臣が膝を叩いて、「官房長官。ここはひとつ、官房機密費から捻出していただくことはできませんか」と官房長官に尋ねた。官房長官は、額が額だけに難しいが不可能ではなかろう、だが、いずれ10億ドルの出所が野党などから追及されるので、それは必ずしも得策でない、と述べた。
「それでは、こういうのはどうでしょう。」と、産経省事務次官が遠慮がちに口を開いた。「テロリストと裏取引をして、10億ドルをスイスの口座に振り込むのです。政府は彼らの身の安全を保障し、裏で逃亡を助けてやります。そして、表ではテロ対策特殊部隊が宿内原発に強行突入し、テロリストは取り逃がすものの、原発を彼らの手から取り戻し、翌日総統は3、4号機の再稼働を宣言するのです。」この大胆な提案に、一座は色めきだった。「それは名案だ。しかし、肝心の赤い虎側がのってくるかどうか……。」と官房長官が呟いた。
一同の視線が、終始一貫瞼を閉じてうつむき加減に拱手していた三倉地総統へと注がれた。その視線のエネルギーを感じたのか、おもむろに目を見開いた総統は、低くかすれるような声でひとこと言った。――それでいってみましょう。
(続く)
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