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小説・再稼働(3) [Novel]



対策本部の意向はさっそくホットラインを通じて“アジアの赤い虎”へと極秘に伝えられた。しかし、彼らはその提案を即座に拒否した。われわれは一切の裏取引に応じるつもりはない、と。
しかも、その提案内容が官房長官の動画という動かぬ証拠によって、10分後にはインターネットを通じて世界中に流された。その事実を知った政府は、必死に情報ソースを削除しようとしたが、その時にはすでに、問題の動画は無数にコピーされ、あちこちのサイトにアップされていて、手の施しようがなかった。
先の厄島事故で政府とマスコミに不信感を増していた国民は、テロリストの要求に何の反応も示さない政府に疑念を抱き、インターネットにかぶりついていたところなので、マスコミが何も報道しないなか、政府が裏取引を提案したという事実は瞬く間に全国民に知れ渡ることとなった。こうして、政府は国際社会と国民と、ふたつの世論の激しい批判に曝されることとなった。
最大野党・社会主義自民党は三倉地総統の辞任を要求し、与党・国家民主党内からも総統の責任を問う声が公然と巻き起こった。
それまで、再稼働反対・容認にかかわらず、テロリストの行為に批判的であった大多数の国民世論も、その批判の矛先が完全に三倉地総統の卑劣な裏取引に集中していった。三倉地総統はわれわれ全国民を欺き、国民の血税をこっそりとテロリストに差し出し、素知らぬ顔でテロリストに強硬姿勢をとるポーズを示したうえ、再稼働まで思いのままになそうとしていたのだ、と。
事態は完全に膠着状態に陥った。今となっては、総統会見も官房長官会見も、したくても開けない状態だった。たとえそこで何を発表しても、国民はだれもそれを信用しないだろうし、その内容を支持するとも思われなかった。



月が明けて数日が無為のうちに過ぎた。3日には国会で、社会主義自民党が提出した内閣不信任案が、国家民主党の造反議員も巻き込んで過半数を制して下院で可決された。しかし、それに対して三倉地総統がとった行動は、内閣総辞職でも下院解散権の行使でもなく、超法規的な「国家非常事態」宣言であった。三倉地総統は非常事態宣言と同時に、すべての権限を「宿内原発テロ事件中央対策本部」改め「国家非常事態中枢本部」とその本部長である総統へと集中させた。
そして、言論統制令を公布して、マスコミを完全に政府の統制下に置くとともに、インターネットの遮断を各通信会社・プロバイダーに命じ、すべての国民は国内にいる限り、インターネットにアクセスする手段を失うこととなった。国際社会はこうした三倉地総統の独裁的権限の行使を強く非難したが、そうした情報はもはや国民のもとに届くことはなかった。現代における鎖国、情報鎖国とでもいっていい状態であった。
三倉地総統のとった措置は多くの国民に常軌を逸した行動と受け止められた。しかし、その後の国民の判断はふたつに分かれた。多数派は、もはや完全に理性を失った三倉地総統に恐れをなし、“触らぬ神に祟りなし”と沈黙を決め込んだ。一方、少数派とはいえ少なからぬ人々は、勇敢に三倉地総統の悪政に立ち向かった。インターネットが通じないので、人々は文字通り自然発生的に街頭に出て、一定の人数ができると思い思いのかけ声やプラカードを掲げてデモをした。「三倉地独裁政権打倒!」「宿内原発再稼働反対!」といった主張がメインスローガンであったが、そのうち「アジアの赤い虎断固支持!」「アジアの赤い虎とともにたたかおう!」などと、“アジアの赤い虎”に共感を寄せるデモ隊も出現した。当初デモ隊への規制を自制していた警察権力も、ことここに至ると黙視できず、無抵抗のデモ隊に襲いかかり、根こそぎ連行していった。
こうした状況の変化は、宿内原発の“アジアの赤い虎”たちにも伝わった。三倉地総統の豹変ぶりは、彼らにも“想定外”の出来事だった。そして、彼らも身動きできない状態に陥った。
こうしてさらに数日が無為のうちに流れていった。
(続く)
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