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小説・再稼働(最終話) [Novel]

なんということだろう! 夜空一面に色鮮やかな花火の大輪が咲き誇っている! ドン、ドン、ドン……花火はやむことなく連続して発射され続け、数分間、宿内原発上空は季節外れで場違いなショーが繰り広げられた。
「わあ、きれい!」
「何なんだ、あれは!」
人々は、正門前のマスコミや野次馬はもちろん、原発を包囲した武装機動隊員も、我を忘れて思わぬ夜空のショーに見惚けた。
やがて轟音がやんでつかの間のショーが終わり、人々はようやく我に返ることができた。不覚をとった武装機動隊は、気を取り直して大急ぎで正門から突入し、3号機方面へ突進した。しかし、彼らが3号機建屋前に到着したときには、その場におびただしい数の自爆用ダイナマイト、ライフル銃、自動小銃等の武器、それに、テロリストたちが脱ぎ捨てた黒いつなぎ服や帽子、覆面、サングラスなどが散乱しているばかりであった。
大部分の隊員が茫然自失しているなか、最初に自爆用ダイナマイトの束を手にした機動隊員が、
「何だ、これは?」と素っ頓狂な声を上げた。ダイナマイトにしてはやけに軽いと思ってよく見ると、それは中が空洞のプラズティックの筒の束だった。起爆装置も中が空っぽの単なるプラスティックのケースに過ぎない。
それを見た別の隊員が、足下にあったピストルを手にして、誰もいない方向へ向けて引き金を引いてみた。すると、ピュッと水が飛び出した。思わず周りから笑い声が湧き上がった。他の隊員がライフルを手にして引き金を引くと、今度はものすごい音がしたので、一瞬周りの隊員は身をすくませたが、それは空砲であることがすぐに分かった。重さも本物の半分もない、よくできたおもちゃだった。
「回収、回収、直ちにすべての遺留品を回収!」分隊長が駆けつけて、その場に居合わせた隊員たちに命じた。水鉄砲は、もしかして液体が猛毒成分かもしれないと、科捜研に運ばれて精密分析されたが、単なる水道水であることが判明した。
これらの事実を、政府はひた隠しにして、午後9時から官房長官代理が記者会見を行い、次のように述べた。
「10日間にわたり宿内原発を占拠していたテロリストたちは、退去予告した午後8時、約千発の花火を打ち上げ警備の隙をついて敷地外に逃走、未だ所在がつかめていません。また、テロリストたちが籠城していた3号機建屋前の路上には、彼らが遺棄したものと思われる百余挺の銃と実弾数千発、テロリストたちが自爆用に装着していた爆破装置付きダイナマイト数千本等が発見されました。ここに、犯人を取り逃がしたことを深くお詫びするとともに、一刻も早く犯人を逮捕すべく全力を尽くすことをお約束いたいします。また、今回の事件で、日本政府は凶悪なテロリストの要求に屈することなく、原発爆破というテロ行為も許さずに、無事解決に至ったことに安堵を覚えているところであります。」
「大量の強力爆弾は発見されたのですか?」記者団から質問が出た。
「残念ながら、現在まで発見されていません。また、犯人らが逃走するときにそれらをともに持ち去ったかも不明です。」
「爆弾と思っていたものは、実は花火ではなかったのですか?」別の記者が声を上げた。
「一切不明です。」官房長官代理が声を荒げた。
しかし、テレビでこの会見が流されている頃、ネット上では“アジアの赤い虎”によって、彼らが現場を立ち去る間際に撮影されたと思われる映像が流されていた。そこには、夜空を彩る花火と爆音を背景に、彼らが体から取り外した「ダイナマイト」の束を片手で持ち上げて見せ、次いでそのうちのひとつを外して中身が空であることを示し、また、「起爆装置」も中が空の単なる箱であることを示す映像が映し出された。それから、別の2人のコマンドが、たがいにピストルを相手に向けて発射し合うと、中から水が飛び出すシーンもあった。彼らは覆面をしていて表情は見えなかったが、その後、おどけた仕草で飛び跳ね、カメラに向けてピースサインを送った。
後日、内閣府の調査で判明したことであるが(警察・検察は事件の捜査には終始ノータッチだった。電力供給公社、とりわけ原子力部門は一種の治外法権の領域であることが昔からこの国の不文律であった。)、赤い虎の集団が原発敷地に侵入して3号機を占拠するまで、1発の銃弾も発射されていなかったのである。にもかかわらず、警備員を含むすべての職員が、全くの無抵抗状態で赤い虎の命令に従順に従った。
また、事件以降、逃走した赤い虎は、逮捕はおろか有力情報ひとつとして報じられることはなかった。しかし、事件解決前から、政府はメンバーのなかに電力供給公社の職員や宿内原発のメーカーである東日の社員が複数名含まれていることを把握していた。さらに、赤い虎を乗せたコンテナトラックが通過した正門の守衛をはじめ、赤い虎の協力者が発電所内に何名かいることも判明した。そして、堂々と3号機前まで乗りつけた「TONICHI」のロゴが入ったトラックが、偽装工作されたものではなく、本物の東日のトラックであることも、事件直後に把握していたのである。しかし、これらの事実は政府や電力供給公社、さらには原発メーカー等にとって“不都合な真実”であるため、政府はすべて握りつぶしたのである。
守衛はじめ数名の内部協力者は「人質」となって赤い虎に「拘束」され、彼らとともに逃走したものと思われる。だが、いや、それゆえ、彼らを含む赤い虎のすべてのメンバーは、今後永遠に身柄を拘束されることはないだろう。

エピローグ


年が明けて1月10日、首都は小雪の舞う寒い日であった。宿内原発をはじめ、この国のすべての原発は発電を停止したままであったが、こんな寒い日でも電力は十分供給されていた。
「アジアの赤い虎事件」から1ヵ月を経た今日は、下院議員選挙の投票日であった。
与党国家民主党は分裂し、若き新党首のもとで立て直しを図ったが、野党への転落が確実なだけでなく、議席獲得さえ危ぶまれる状態であった。一方、社会主義自民党は一時期与党・三倉地批判で支持率を伸ばしたものの、肝心の原発・エネルギー政策が曖昧なため伸び悩んでいた。そうしたなか、一部良心的な国家民主党議員も参加して、それまで脱原発運動を行ってきた市民が中心となって「脱原発市民」という政党が結成され、この選挙の台風の目になっていた。「脱原発市民」は、まがいものであれテロリズムに脱原発を求める動きが生まれ、またそれによってしか宿内原発再稼働を阻止することができなかった自らの非力を反省しつつ、今こそひとり一人の市民の自覚した政治意識によって、平和的にこの国を脱原発社会にしていかなければならないと訴え、幅広い国民の支持を得た。
投票は午後8時で締め切られる。そして、今夜中にも大勢が判明する。
(了)
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