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ひとり一人の知恵と行動だけが資本主義に引導を渡すことができる [Post capitalism]

数日前のニュースで、眼鏡型ウェアラブルデバイスを装着したAmazonと覚しき倉庫で仕分け作業に従事する労働者の様子が映し出されていた。彼らはそれを掛けることにより、商品の仕分け先が間違いなく読み取れ、よりいっそうの作業の効率化が図られる。
そこでは人間が完全にコンピュータの道具と化している。もちろん資本主義の生産システムで人間が機械化・オートメーション化の手足となる姿は、早くも1936年にチャールズ・チャップリンが「モダン・タイムス」によって見事に描き出したが、それにもかかわらず、20世紀末にIT革命の時代に突入するまでは、人間労働は生産過程になくてはならない存在であり続けた。人間が機械のように働かされることはあっても、人間が機械に完全に代替されることはなかったのだ。

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ここが完全無人化される日もそう遠くない

IT革命のみがそれを可能にした。ウェアラブルデバイスを装着した労働者による作業はあくまで完全機械化への過渡的形態に過ぎない。Amazonの倉庫が無人化し、ロボットがより効率的に商品管理から出荷までを受け持つようになるのも時間の問題だろう。
その時、多国籍企業は世界中の富を吸い上げ、しかし、その過程に労働者が介在しないがゆえに、吸い上げられた富は多国籍企業の1%の経営者と株主のもとに蓄積され続け、99%に分配されることは決してない。

私が韓国語の翻訳者になったのは約20年前だが、当時パソコンはワープロ代わりの文字の入出力装置に過ぎなかった。その後、インターネットが普及し、原稿を紙の出力物の郵便や宅配便を通してやりとりするリアルな形態から、次第にメール(最初はNIFTYに始まり、じきにEメールが普及した)というバーチャルな手段に置き換わった。それと並行して韓国語の翻訳ソフトが商品化され、バージョンアップするにしたがい翻訳支援ツールとして使えるようになり、翻訳作業が効率化された。しかし、進化した翻訳ソフトが普及するにつれ、それは翻訳者の支援ツールであるとともに、クライアントの経費削減=合理化手段として用いられ始める。従来、翻訳会社に高い翻訳料を払って外注に出していた仕事は、安価な翻訳ソフトを導入することによってそれ以降の経費をゼロにすることが可能になった。もちろん、翻訳ソフトは未だ完璧なものでないので、公式文書の作成には人の手が必要になるが、簡単な内部文書ならば、十分間に合う。
かくして最初の合理化の波は2005年に突然訪れ、韓国語翻訳で飯を食っていた翻訳者の大半が職を失い、かろうじて生き残った私のような者も、仕事の絶対量の減少と単価の引き下げにより収入が4割方減った。そして、合理化の第2の波は2013年に訪れた。今年になって、仕事が昨年までの3分の1に減ってしまったのだ。ここ2、3年のうちに、恐らく韓国語翻訳者は壊滅状態に陥るだろう。(英語をはじめ、他言語の翻訳も時期と程度の差はあれ、同じような過程を辿っている。)
それでも私の場合は、高度成長が終わり安定成長と呼ばれる時期に大学を出て、バブル経済のおこぼれに与って、バブル崩壊後も幸い翻訳という職業に就いて今日まで食いつないできた。だが、例えば私の姪のひとりは、いわゆるロスジェネ世代で、90年代末に某一流大学を卒業してから一度も正規職に就くことができず、出版関係の非正規雇用を転々として、キャリアは積んでも低賃金と不安定な労働しかありつけずに、未婚のままそろそろ中年の域に達しようとしている。彼らには、この国で今後も健康で文化的で、夢を持ち充実感を得ることのできる生活を送っていける保障は一切ないといっても過言でないだろう。資本主義のシステムに絡め取られて、その枠の中で生きていこうとする限りは……。
終末期を迎えた資本主義がその矛盾をいくら糊塗しようとしても、それには限りがある。いまやこの国で雇用を創出しようとするならば、消費税を引き上げて、その税収を手っ取り早く公共投資に充てるか、法人税減税に回して、その分を少しでも企業が内部留保とせずに雇用や賃上げに回すことを期待するか、お願いする以外にない。いずれにせよ、景気回復も人為的につくり出されたものであり、雇用創出、賃上げはさらに財政出動なしにはなしえないが故に、一時的現象に終わるしかないのが実情だ。
だが、この期に至っても、この国の男性正社員を中心とした多くの人々は“あの夢よもう一度!”とばかりに、半沢直樹に夢を託してうつつを抜かしている。あるいは東京オリンピックリニア新幹線による経済効果に儚い希望をつなごうとする。さもなくば、経済にのみ生きてきたこの国の凋落を目の当たりにし、今やその経済で日本に追いつき追い抜こうとしている中国や韓国に、負け犬の遠吠えを吠え続けることで鬱憤を晴らすしかないかのごとくだ。
今こそ頭を働かせる秋だ。理性を持って感性を研ぎ澄まし、まずは自分自身と家族の5年後、10年後の未来を考え、新しい明日をひとり一人が切り拓いていかなければならない。
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