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小賢しい霞ヶ関ムラと道化た永田町ムラのボス猿たち [Politics]

『原発ホワイトアウト』というノンフィクションノベルは、反原発小説としては二級品だが、おぞましい霞ヶ関官僚どもの実態を描いているという点では一級品かもしれない。そのなかに、以下のような記述がある。
最高学府とは東京大学のことをいうのではない。東京大学法学部のことをいうのだ。
そして、その超一流エリートたちが永田町の政治家どもに対する態度も以下のごとくである。
(総理は)頭がずば抜けて切れるわけでもない。しかし、優れた政治家というのは、頭が切れる必要はない。よく官僚に説明をさせて、それを正しく理解し、しばらくのあいだ記憶が保持できる、それだけでいい。日本国の総理大臣とは、その程度のものなのである。
日本の権力構造は人類がチンパンジーから分かれた500万年ほど前からほとんど進化していない。群れの中の力と知恵に長けたオスがより多く自らのDNAを残すためにボスになる。そして、文明を持った人類は富(やがてカネに物象化される)を独占してその子孫に相続させるために、自らの権力をより貪欲に強化した。
この国においてその真の権力者は東大法学部を卒業した霞ヶ関の高級官僚どもである。永田町という縄張りは、霞ヶ関に住む小賢しいオス猿どもと比べると、どこか道化た少々頭の足りない猿どもに過ぎない。そのボスたる内閣総理大臣は、さしずめ霞ヶ関の集団指導体制に祭り上げられた傀儡ボスといったところだ。
そういえば、戦争おたくの安倍晋三やマンガおたくで漢字の読めない麻生太郎など、近年の1年代わり総理に東大卒が少ないと思って(というか、以前から政治家には東大とか京大卒が少ないと思っていたのだが、)過去の首相経験者を調べてみたら、東大法学部卒は宮沢喜一まで20年も遡らないといなかった。そしてそれより遡ると、中曽根康弘あたりからは東大法学部卒が俄然増えるのだが、宮沢も含めその誰もが官僚出身者だ。戦後の首相経験者で官僚出身者でない東大法学部卒は、鳩山一郎と社会党委員長だった片山哲の2人だけで、ともに弁護士出身だ。つまり、昔は霞ヶ関ムラから永田町ムラへボスを出向させていたのを、20~30年前から「少々足りない、霞ヶ関の言いなりに動く」ボスを永田町のムラの中から引き抜くハンティング方式に変更したというわけだ。(やがて手っ取り早い2世・3世総理が乱造される。)
前掲書には以下のような記述もある。
その程度の頭の持ち主である総理にも、日本が原発を再稼働させなければ、原油の購入が海外に流出することや、日本の製造業が高価な電気代で国際競争力を失うことについて、日村の一通りのレクチャーで理解できた。
 原発の電気は発電時には安いと称しているが、実は白地小切手の振り出しのようなもので、後の放射性廃棄物の処分でいくらかかるかわからない、というような不都合な真実を、総理独自の情報源で入手し、官僚の説明と付き合わせて自分の頭で勉強するようなことはしなかった。
実際、就任以来の安倍晋三の原発・福島に関する言動を見ていると、100%その通りだから笑ってしまう。もちろん、東大法学部卒ほど明晰でないものの、「自分の頭で勉強」して、霞ヶ関の意向に背く行動をとろうものなら、集団指導部は様々な策を弄してその傀儡ボスの首をちょん切る。普天間県外移設を主張した鳩山由紀夫しかり、脱原発を唱えた菅直人しかり。
しかし、かくも頭脳明晰で優秀な東大法学部卒官僚どもも、アメリカや経済界の顔色をうかがいつつ永田町を操作する策を弄する以外に能がないため、結局「策士策に溺れる」以外にない。文系エリートの彼らは、原発を地震列島の日本につくったらどういう結末を招くかという一片の知識すら持ち合わせずに、日本列島の至る所に核施設を作り続けてきた。「日本の官僚は優秀だ」などと持ち上げる向きも一部にあるが、この一事をとっても、彼らに文明国家をうまく運営していく能力がゼロであることは明白だ。
東大法学部卒といえども、いや、ならばこそ余計に、高校生クイズで勝ち抜けるような暗記力や計算力は天才的かもしれないが、問題解決能力や柔軟な発想力、独創性、主体的行動力、未知の局面に行き当たったときの判断力などは、この国の教育の中で受けてきていないのだから。
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