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スイス「ベーシックインカムのための国民投票」(下) [Basic income]

労組の立場と左派の世論
スイス連邦労組SGBは国民投票運動が始まった2012年に、すでにベーシックインカムに対して時期尚早であり憂慮の恐れがあると述べていた。労組の首席経済学者であるダニエル・ランパルトDaniel Lampartは、ベーシックインカムが既存の現金福祉を吸収することに反対して、それが新自由主義政策につながるという。連邦労組議長であるパウル・レヒシュタイナーPaul Rechsteinerも、労組の目標が「最低賃金と強い社会保障」であると述べる。*しかし、これをベーシックインカムに対する労組の根本的な反対意見であると読むのは不適切である。** ダニエル・ランパルトは2012年4月11日に開かれた公開討論会で、見解の相違は戦略上の問題であることを明らかにした。2012年に、労組は最低賃金に関する国民投票案を発議し、2014年頃に国民投票に委ねられるであろう。労組は最低賃金問題に集中したいのである。また、労組のこうした立場が最終的なものであると断定することもできない。2010年10月にすでに6万人程度の組合員を有しており、スイスで2番目に大きな労組であるシーニャSynaは、代議員大会で143票中102票の圧倒的な賛成でベーシックインカムを綱領に採択した。*** 2012年には公共労組もベーシックインカム方式で支援される全国民安息年制度を提案したことがある。**** 社会民主党内部の事情を見ると、連邦議員であるシルビア・シェンカーSilvia Schenkerをはじめとして、議員の3分の1程度がベーシックインカムに賛成している。明らかに反対する者は9人の議員だけであり、残りは留保の態度をとっている。国民投票に至るまでの議論の過程を通して十分に変わりうる問題である。
* 2012年4月11日『ターゲスアンツァイガー』の記事. http://www.Tagesanzeiger.ch/Newsnet.
** 例えばベーシックインカムに対する連邦労組の反対を浮き彫りにしようとする「真の世の中」の記事. http://www.newscham.net/news/view.php?board=news&nid=71679.
*** htttp://www.tagesanzeiger.ch/schweiz/standard/Gewerkschaft-Syna-will-das-bedingungslose-Grundeinkommen/story/27113124?comments=1.
**** https://www.grundeinkommen.de/27/10/2012/schweizer-gewerkschaften-fordern-grundeinkommen-fuer-sabbaticals.html.

資本の反応と保守言論の動向
資本の反応はもちろん冷たい。「スイスビジネスのための最適な経済環境の創出」を目標にしている親企業団体であるエコノミースイスEconomiesuisseは、10月に11ページの報告書を発行し、ベーシックインカム導入による追加財政所要額は200億スイスフランを上回り、付加価値税を20%でなく50%まで上げない限り充当できないと抗議した。*報告書全体はベーシックインカムを通して到達しようとする社会像に対する評価を留保しながら、実際的な問題、すなわち財源調達が不可能で経済に悪影響を及ぼすという点のみを強調する。「無条件のベーシックインカムイニシアチブ」執行委員のひとりであったヘニーの言葉を借りるなら、「実現しようとする者は道を探し、反対しようとする者は言い訳のみ探す。」半面『チューリッヒツァイトゥング』など保守系マスコミの報道は、ベーシックインカムが労働と所得の関連を破壊して労働意欲を低下させ、スイスがなまけ者の天国になるという憂慮を表明する。こうした報道基調は『フランクフルトアルゲマイナーFAZ』や『ハンデスブラットHandelsblatt』のようなドイツの保守系新聞にも現れる。
http://www.economiesuisse.ch/de/PDF%20Download%20Files/dp21_grundeinkommen_print.pdf.

スイス特有の歴史と全ヨーロッパ的波及
スイスの国民投票は直ちに、同じ言語圏であり国民の69%がベーシックインカム導入を支持しているドイツに、大きな波紋を広げている。ヘニーとエンノ・シュミットEnno Schmidtをはじめとして国民投票を主導した団体の代表者らは、連日ドイツのマスコミのインタビューを受け、テレビのトークショーにも出ている。高い支持率にもかかわらず、ドイツではベーシックインカムが議会で議論さえなされていない半面、スイスでは国民投票に委ねられることになったことは、スイス特有の直接民主主義制度に支えられているものである。併せて、国民投票の結果によって改めて評価すべき問題かもしれないが、エリック・パットリーEric Patryが2010年に自身の本で述べたように、* スイスの直接民主主義的で共和主義的な伝統は、社会構成員という一般的資格に立脚して、労働によらずとも所得が与えられることを自然に受け入れられる要因たりうる。スイスで実施中の年金制度である「老齢及び遺族年金」は、全国民義務保険である。失業者や学生も最少金額である年間480スイスフランを拠出することになっている。女性は64歳、男性は65歳に年金が支給され始めるが、支給額は最少額が2,500スイスフランで、最高額はその2倍である5,000スイスフランを超えないように設計されている。所得再分配効果が絶大な設計であるということができる。確かに保険という寄与型設計であるが、誰でも社会構成員という資格にのみ基づいて所得を得るという発想は、「老齢及び遺族年金」にも部分的にはすでに表現されている。
* Eric Patry,Das bedingungslose Grundeinkommen in der Schweiz:eine republikanische Perspektive,Bern [u.a.]:Haupt,2010 (St. Galler Beitra¨ge zur Wirtschaftsethik,45).
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