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3・11のユートピアーもし最善の策をとっていたら… [No Nukes]

3・11の地震と津波が不可避で、原発事故も避けられなかったのだとしても、もし政府と東電、マスコミが、最初から違った態度をとっていたら、5年後の今、私たちは全く別の世界を生きていただろう。
全電源を喪失し、1~3号機のメルトダウンが避けられないと分かったとき、政府は住民・国民のパニックや混乱を恐れるのではなく、何よりも国民の生命を第1に考えてて行動していたならば、「直ちに影響はない」などといった言葉で国民を欺くことなく、速やかに5キロ圏、10キロ圏、20キロ圏…と住民に避難指示を下すべきだっただろう。原子炉の状態が東電の手にあまり、消防、自衛隊の手にもに負えないと判明したら、米軍はじめ他国の支援を仰いででも鎮圧に全力を尽くすべきだった。
マスコミは「安全神話」が崩壊した時点で、過去の原発報道姿勢と決別し、国の原子力政策に批判的であった学者、専門家らをスタジオに招き、国民向けに正しい放射能の知識と対処の仕方を説明してもらうべきだった。
福島県当局は、県の存続は二の次に、県民の命を第1に考えて対策を立てるべきだった。原発周辺自治体の住民は、双葉町のように近隣県に受け入れ自治体を求めるべきだった。
不完全ではあれ、SPEEDIの資料が明らかになった時点で、速やかに北西方向への避難中止をあらゆる手段を用いて回避措置していれば、無駄な被曝がどれだけ避けられたことだろう。ヨウ素剤が足りなければ、せめて子どもたちに優先的に配布して飲ませるべきだった。そうすれば、今まで、そしてこれからも、甲状腺がんに罹る子どもの数をどれだけ減らすことができただろうか…
国は早い時期に、少なくとも浜通り、中通りの全住民に避難指示を出すべきだった。また、15日、21日に関東一円を放射性プルームが襲ったとき、住民に適切な屋内退避指示を出し、学校はもちろん、会社や役所にも原則休業を命じ、屋内での正しい放射線防御方法を伝えていれば、何千万という人々の被曝が回避されただろう。また、2度の汚染の結果生じた福島以外のホットスポットに関して、除染できる場所は早期に除染し、できない場所の住民は避難させるべきだった。
国は汚染地帯の農畜産物と魚介類を、全面的に出荷中止措置すべきだった。また、放射性物質が検出された水道水は直ちに飲用全面禁止の措置をとるべきだった。
そうして、ある程度原子炉の状態が落ち着いてきた時点で、国は最小限チェルノブイリの基準に基づいて、移住の権利、移住の義務、強制避難地域を指定し、そこの全住民に補償措置をとるべきだった。福島県は、その結果、西部地域のみに縮小されるか、ないしはその地域を近隣県に併合させ、廃県も検討すべきだったかもしれない。
検察当局は東電の証拠隠滅を防ぐべく、早期に東電本社等の家宅捜索を一斉に実施し、あらゆる法規を総動員して容疑を固め、東電の現職・歴代幹部、原子力安全・保安院、原子力安全委員会等の官僚・学者、政治家等を逮捕し起訴すべきだった。
国は食品の放射線基準値を、少なくとも今より一桁少ない値に設定し、国民に放射能の健康被害に閾値がないこと、3・11以前の放射線量はどの程度であったか等の正しい情報を公開し、国民の理解を求めるべきだった。そして、学校給食をはじめ、子どもたちを最優先に非汚染地域の食料を与え、大人には厳密な放射線測定の結果を表示した食品を流通させるべきだった。
福島の子どもたちをはじめ、汚染地帯の子どものみならずすべての住民の健康診断を定期的に行い、被曝による健康被害が疑われる人には被曝者手帳を交付し、生涯、被曝との関連が疑われる疾病の治療は無料にすべきだった。
政府、とりわけ厚労省や環境省は、チェルノブイリから徹底的に学び、教訓を引き出すためのプロジェクトチームをつくり、情報の共有を図るべきだった。そして、汚染地帯の放射線測定、疫学調査等を徹底して綿密に実施すべきだった。

菅首相は、エネルギー事情に詳しい非原子力ムラの専門家を招いて、東電の「計画停電」はじめ、「電力が足り合い」といったキャンペーンを、事実を突きつけて阻止すべきだった。実際に電力が逼迫した場合は、他地域からの融通体制を早急に整備すべきだった。また、休止中の火力発電所の再稼働を早急に促すべきだった。
菅首相は、原子炉の状態がある程度落ち着いてきた時点で、浜岡原発のみならず、全原発の停止を各電力会社に要請すべきだった。そして、その後、原発なしでも電力は足りることを数字を持って示し、夏の電力需要逼迫に備え、産業界をはじめ、全国民に節電を訴えたうえで、明確に世界に向けて脱原発を宣言すべきだった。また、もんじゅや六ヶ所村の再処理工場の再処理リサイクル計画を中止し、プルトニウムをこれ以上生産せず、使用済み核燃料は乾式キャスク等で原則各原発敷地内で一時保管する等、より安全な保管策を講じ、最終処分に関する全国民的な議論を喚起すべきだった。
その結果、原子力ムラからの猛烈な「菅降ろし」の嵐が吹き荒れたなら、すかさず国会を解散し、「脱原発選挙」を行って国民の信を問うべきだった。その際、民主党内の守旧派や電力労組系議員らは除名し、代わりに、反原発の学者や市民運動活動家、文化人等を大量に擁立すべきだった。
選挙に勝利した民主党中心の政権は、直ちに「脱原発基本法」と「エネルギー基本計画」を策定し、発送電分離電力完全自由化を直ちに行い、再生可能エネルギーの開発・普及に全力で取り組むべきだった。
原発立地自治体に対しては、廃炉事業による雇用創出を約束したうえで、各地方の特色を生かした再生エネルギー基地化等を含む地域起こしを促し、財政支援を行うべきだった。
そして、東京電力は原発廃炉部門を国有化したうえで整理会社化し、被害住民の補償に全力で取り組ませ、足りない分は国が補償すべきだった。その際、原発被害補償税のようなものを全国民からも薄く徴収すると同時に、企業の利益に応じて徴収する仕組みをつくるべきだった。
政府は、核廃絶とともに全世界の原発の廃絶を、機会あるごとに世界に訴えていくべきだった。そして、日本は3度のヒバク国として国際社会で非核化をリードしていくべきだった

そうして5年が経ち、それでも不幸にして健康被害は生じてしまったかもしれない。また、ふるさとを失った人々の望郷の念は決して癒やされることはないだろう。しかし、一方で脱原発を実現し、放射能被害を最小限にとどめた日本は、旧福島県の東半分を半永久的に人の住めない土地にしてしまったものの、その他の地域の復興が順調に進み、3・11以前には考えられなかった再生可能な、地域循環型経済の再生を成し遂げつつあっただろう。グロテスクな原子力ムラは解体され、市民が新しい日本の新しい社会・経済復興に積極的に参加していたことだろう。


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