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バラカーディストピアならぬ3・11リアル [Criticism]

baraka.jpg桐野夏生が2011年から4年かけて書き上げた『バラカ』が単行本化されたので読んでみだ。3・11から5年を前に、版元の集英社が新聞の全面広告で大々的に宣伝した時には、正直、羨望と嫉妬を禁じえなかったのだが、ベストセラー間違いなしと思ったのに、あに図らんや、集英社の目論見を裏切るような出足だったようだ。東日本大震災・原発事故から5年が経ち、人々の意識は「もう忘れてしまいたい過去。真実に蓋をしてでも、まやかしの日常に逃げ込みたい」のだろう。私は「亡国記、人の心は忘却記」と嘆いたが、直木賞はじめ数々の賞を受賞してきた大作家にしてこの有様だから、『亡国記』が浮かばれないのも無理はない。
それはさておき、「震災後」「原発事故後」をリアルタイムで追いながら書き継がれたこの作品は、前半はどちらかというと「震災−地震・津波」の自然災害に力点が置かれ、後半になって「福島」が前面に出てくる。しかし、小説では現実と異なり、原発事故は「すべての原子炉が核爆発する大事故が起きた」ことになっている。そして、東京を含めて東日本の広い範囲が人の住めない地域になって、首都は大阪に移転し、皇居も京都御所へ引っ越すのだが、東日本が完全に廃墟になったかというと、東京はアジアや南米の労働者が住み着き、地元福島さえ線量の低い地域には帰還が推進される。
多くの読者は、「こうであったかもしれないもうひとつのフクシマ」のディストピアとしてこれを読むだろうが、私には「ほんのちょっとだけ飛躍もある3・11後の原子力ムラと政府、そしてマスコミによって隠蔽されたフクシマの真実」そのものに思えてしまう。皇居の京都移転話は3・11当初からあったと聞くし、首都機能の地方分散化が昨今現実味を帯びてきている。そして、20mSvへの帰還政策が強力に推進され、やがて50mSvへまで拡大されそうな情勢の一方で、避難者への補償は打ち切られようとしている。サクラとタツヤが非合法に行い大金を稼いでいる「ダークツーリズム」は、東電・政府公認のもと正々堂々と行われている。甲状腺がんの手術を受けながらも健気に生きるバラカは原発推進派のプロパガンダに利用されるが、現実には100名以上の“バラカ”たちは原発事故と甲状腺がんの因果関係さえ否定され、汚染地帯に生きる子どもたちが帰還政策と復興のプロパガンダに利用されている。同様に、汚染された東京は、外国人労働者の溜まり場にすらならずに、1千万人の自国民が日々低レベル放射線にさらされて生活している。
しかし、多くの人々にはそのようには現実が写っていない。F1はアンダーコントロールされ、福島は確実に復興に向かっている。そして、2020年東京オリンピックに向かって、この国は復興と再生を果たしていくだろうと信じている。『バラカ』の世界で大阪オリンピックがそうであるように。
広告代理店に勤務、後に経営する川島はじめ、木下沙羅、田島優子、ヨシザキら邪悪な人々は、原子力ムラの化身か、あるいは原子力ムラを支えてきたもっと広いニッポンムラの象徴か? 一方、豊田老人や健太・康太をはじめとした「反原発派」に属する「良き人々」は、現実の反原発派の行く末を暗示しているのか? 不思議なことに、社会の底辺を被爆しながら支える外国人労働者たちは活写されるが、物言わぬ多くの国民がほとんど登場しない。
そして、悪の権化=川島が、バラカが死んだという誤報を聞くや、いとも易々服毒自殺してしまい、バラカは生き延び……という結末もちょっと謎だ。
作者はディストピアを描こうとしてリアルを描写したが、作者自身はそのディストピアの先に何を見出したのか? バラカはフクシマの子どもたちの未来か? 日本の子どもたちの希望か? それがいまいち伝わってこない後味のスッキリしない読了感だった。


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