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(長期連載)ロボット社会の到来とベーシックインカム -ポスト資本主義社会への架け橋-① [Basic income]

「働かざる者食うべからず」
 働かざる者食うべからず――新約聖書に由来するこの言葉は、ロシア革命後にレーニンが述べた言葉として有名になった。レーニン自身は不労所得で生きるブルジョアジーに対して使った言葉であったが、いつしか「労働しない者は食べる資格がない」という意味に解釈され、資本主義・社会主義を問わず、現代社会一般に通用する規範とされてきた。実際、マルクスも社会の最底辺で労働意欲をなくして犯罪などを犯しながら生きている階層を「ルンペン・プロレタリアート」と侮蔑的な言葉で呼び、労働者階級の敵と規定した。
 私は社会主義を資本主義から派生した資本主義の亜種であり、賃労働と資本の関係、社会の発展を経済成長を尺度に測る点等において、本質的な差異がないと見る。これは現在の中国のように、政治体制は社会主義だが経済の実態は資本主義である国のことを指しているのではない。ロシア革命以来の社会主義国すべてにいえることであり、そもそもマルクス主義の理念自体がそうであったと思うのだ。
 その議論はひとまずおくとして、いずれにしろ資本主義も社会主義も労働に積極的な価値をおき、生産的な労働に参加しない者に怠惰のレッテルを貼ってきたことは歴史的事実である。
 しかし、働きたくても仕事がない世の中、人間労働がロボットやコンピューター、AIなどに置き換わり、雇用の需給バランスがどんどん崩れていく社会、あるいは仕事があって働いていても、自分自身何とか生きていくのが精一杯で、子どもを作ることはおろか結婚もままならないような世の中で、果たして「働かざる者食うべからず」がいつまで通用するのだろうか?

自然権としての生存権の保障
 民主主義は人々に生存権を保障する。その内容が最も具体的に述べられているのが、日本国憲法第25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」である。そしてそのための具体策として、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定している。
 従来この規定は、何らかの理由で働くことができなくなった人が、生活保護など「最後のセーフティーネット」として国に保障される権利として限定的に解釈されてきた。
 しかし今や、この権利は自然権としてもっと広く、一般的に解釈される必要があるのではないだろうか? 「人は生まれながらにして誰でも生存を保障される。そのためには、生存に必要な手段をすべての人に与えられなければならない」と。

21世紀にベーシックインカムが注目されるわけ
すべての人に生きるのに必要な最低限の所得を無条件で保障するというベーシックインカムの思想は、資本主義社会の歴史と同じほど古く、ヨーロッパで産業革命が始まった時代である1797年に、イギリスのトマス・スペインが『幼児の権利』ですでに狭義のベーシックインカム論を展開している。(森山亮著『ベーシック・インカム入門』光文社新書、2009年)その後もベーシックインカムはフーリエ派の社会主義者らによって主張され、20世紀にはアメリカの公民権運動の主導者であるキング牧師も「保証所得」という言葉でベーシックインカムを主張した。また同時期、新自由主義の経済学者ミルトン・フリードマンは、「負の所得税」という政策を提案したが、これも広い意味のベーシックインカムととらえることができる。
 しかし、ベーシックインカムが21世紀になって一躍注目を浴びるようになったのは、資本主義が構造的に行き詰まり、ロボットやコンピューター、AIが人間労働に取って代わる時代がやってきたからにほかならない。
 ドイツのゲッツ・W・ヴェルナーは、「根本的に考えると、私たちの社会はそもそも消費しきれない量の財とサービスをますます過剰に産出しているのです。しかも、それらの財とサービスの産出のために必要とされる人間の数は――言い換えれば、他者によって組織され、他者によって労働対価が支払われる労働に従事しなければならない人間の数は――ますます少なくて済むようになります」と述べている。(『すべての人にベーシック・インカムを』渡辺一男訳、現代書館、2009年)

ベーシックインカムをめぐる欧米諸国の動き
 実際、欧米では緑の党や海賊党などのほか、ギリシャの政権与党・急進左派連合、スペインで躍進めざましいポデモス、イタリアの第二党・五つ星運動などの新しいタイプの政党だけでなく、カナダの与党・自由党、ドイツの自由民主党、左翼党、ノルウェー自由党など、多くの中道、リベラル、左派政党がベーシックインカムを掲げている。
 また、ブラジルでは、与党・労働党のエドワルド・スプリシ上院議員を中心に、ベーシックインカム政策が推進され、2004年に「市民ベーシックインカム法」という法律が成立している。そして、ルーラ政権は同年、「ボルサ・ファミリア」(「ボルサ」とは「財布」を意味し、「ボルサ・ファミリア」は直訳すると「家庭の財布」という意味)という貧困層への条件付き現金給付を始め、将来的にはベーシックインカムにつなげていく方針であるが、現在までのところ、本格的なベーシックインカムは導入されていない。
 一方、スイスでは、2500スイスフランを支給するベーシックインカム支給(未成年者は625スイスフラン)の是非を問う国民投票が2016年6月5日に行われたが、賛成23・1パーセント、反対76・9パーセントで否決された。
*3倍以上の差による否決の理由については様々な議論があるが、最大の要因はやはり2500スイスフラン(約25万円)という高い支給額を想定していたことであろう。それには当然、財源が問題となり、実現のためには相当な困難が予想され、非現実的と判断された面が強いと思う。

ベーシックインカム支給実験
 欧米ではそのほかに、いくつかのベーシックインカム支給実験が実施、ないしは予定されている。
 オランダのユトレヒト市では2016年1月から、社会福祉受給者(900名)のみを対象に、さまざまな規則や条件のもとに1千ユーロ前後を支給する社会実験が行われている。(「〝ベーシック・インカム〟必要最低限の給付をオランダで実験「幸福度が増す」」The Huffington Post Japan、2015年7月13日、http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/12/dutch-basic-income-experiment_n_7782056.html
 また、カナダのオンタリオ州政府は、2016年度の州予算案に州民に対して一律の給付金を支給するベーシックインカム制度導入を織り込むことを検討していることが明らかになった。(「カナダのオンタリオ州政府、ベーシックインカムの試験的支給で準備入り」businessnewsline、http://business.newsln.jp/news/201603072050050000.html
 さらにフィンランドでは、2015年4月の総選挙でベーシックインカムの給付実験を公約に掲げていた中央党が連立政権に加わったことで、現在、2017年中に大規模な実験を行う準備を進めているという。
 そのほか、民間団体が実施主体となった小規模なベーシックインカム支給実験は、ナミビアのオチベロ・オミタラ村やブラジルのカチンガ・べーリョ村のほか、ユニセフの資金で行われたインドのマドヤプラデュ州の村の実験などがある。
 韓国の城南(ソンナム)市では、2016年から24歳の市民に限り、所得に関係なく無条件に、年間50万ウォンの地域商品券を配っている。当初は19~24歳の青年層に年間100万ウォンを予定していたが、政府の反対にあい縮小された。
 また、豊富な天然資源をもとに国民や州民に一律の手当を支給するイランの「現金補助金」やアラスカの「アラスカ永久基金」、モンゴルの「人間開発手当」等もベーシックインカムに近い制度と考えることができる。

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